第1部 世界はなぜのっぺりしていないのか
第1章 私は何を問いたいのか――無内包の現実性――
この問題と似た別の問題の根底にもじつはこの問題が存在する(17頁)
実在的(リアル)な差異と現実的(アクチュアル)な差異(22頁)
第2章 私は何を問いたいのか――中島義道氏の解釈との対比――
第3章 私が安倍晋三になってもなったという変化は起きない
第4章 繋がりの仕組みによる〈私〉や〈今〉と、むきだしの〈私〉や〈今〉
第5章 「私である」ことが成立するための異なる二つの基準
(無題)(74頁)
第6章 〈私〉の分裂からカントの超越論的統覚・サルトルの前反省的自己意識をへてヴィパッサナー瞑想からアブラハム的一神教へ
第7章 繋がりの原理と語りの原理――二種のカント原理――
累進構造をカント原理に取り込んで、最重要の超越論的カテゴリーとみなす(114頁)
第8章 「語りの原理」の根幹にある世界把握
第9章 哲学とは何か――「可能性」のタウマゼイン語法――
第2部 時間的なのっぺりしていなさの特殊性
――マクタガートの議論を中心にして――
第10章 極限の貧しさと極限の豊かさ――ヘーゲル『精神現象学』の冒頭部について
第11章 マクタガートのA系列とB系列とは本当はどういう分類なのか
A系列とB系列の二つの相違点の独立性からA系列の本質を探る(190頁)
第12章 時間の矛盾を人称や様相と同型である側面において考察する
第13章 マクタガート化されたデカルトをへて認識論的問題設定を退け、「正数と負数」と「加法と減法」の対比によって時間を考える
「+と-」には「正数と負数」の意味と「加法と減法」の意味がある(241頁)
第14章 〈端的な現在vs.動く現在〉vs.〈現実の現在vs.可能な現在〉
現在(今)が動くとはどういうことか――現在と「針」――(260頁)
第15章 B系列こそが時間の動性の表現である
第16章 現実の動く現在
第17章 〈私〉と〈今〉の違いを語りの原理と繋がりの原理の対比から考える
第18章 ただ不思議なことがありありと与えられているだけ