永井均「存在と時間 哲学探究1」の要約と感想

このブログで私は、永井均という哲学者が書いた「存在と時間 哲学探究1」(文藝春秋)という本について、要約や感想を書いています。私は、哲学とか一度も勉強したことがなくて、哲学は全くのど素人なのですが、この本がすっごく大好きで、何回も繰り返し読みました。そして、ぜひたくさんの人に読んでもらいたいな、と思って、このブログを書きました。人生においてすっごく大事なことがぎっしり詰まった本だと思います。特に、悩みや苦しみを抱えている人が読むと、その悩みや苦しみが消えてしまうかもしれません。

(無題)

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第15章 B系列こそが時間の動性の表現である

 

(無題)

【要約】

1段落(268頁)

「で、その動く現在ははどこにいるんだい?」という問いに関連し、A系列をB系列から分かつ二つの基準(前項12段落)のうち、第一の基準は「今」について語っており、第二の基準は「動く現在」について語っている。この二つの基準は「現在(今)」の二つの側面を表現しているが、どこまでも相互否定の関係にある。この関係を、ルイス・キャロルの「カメがアキレスに言ったこと」と比べると面白い。

 

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【感想】

「端的な現実の現在」をアキレスに「動く可能な現在」をカメに対応させるこの議論は、第16章の「現実の動く現在」という節で、「現実の動く現在」の独自の意義が見落とされているという意味で「短絡的」と評されていますので、そちらもお読みください。