永井均「存在と時間 哲学探究1」の要約と感想

このブログで私は、永井均という哲学者が書いた「存在と時間 哲学探究1」(文藝春秋)という本について、要約や感想を書いています。私は、哲学とか一度も勉強したことがなくて、哲学は全くのど素人なのですが、この本がすっごく大好きで、何回も繰り返し読みました。そして、ぜひたくさんの人に読んでもらいたいな、と思って、このブログを書きました。人生においてすっごく大事なことがぎっしり詰まった本だと思います。特に、悩みや苦しみを抱えている人が読むと、その悩みや苦しみが消えてしまうかもしれません。

2017-11-08から1日間の記事一覧

A系列とB系列の二つの相違点の独立性からA系列の本質を探る

目次はこちら A系列とB系列の二つの相違点の独立性からA系列の本質を探る 【要約】 1~2段落(190頁) 上記①と②に内的関係はあるのか。もしあればどちらか一つに還元できるし、もしないのであれば、A系列とB系列は、①のみで違う、あるいは②のみで違うこ…

マクタガートの問題提起――A系列とB系列

目次はこちら マクタガートの問題提起――A系列とB系列 【要約】 1~2段落(186頁) マクタガートの議論は、①時間はA系列とB系列の二つの系列からなる。②そのうちA系列のほうが時間の本質(それがなければ時間といえない要素)である。③しかしそのA系列…

(無題)

目次はこちら 第11章 マクタガートのA系列とB系列とは本当はどういう分類なのか (無題) 【要約】 1~2段落(184頁) 感覚は、たとえ言葉で言い表すことができないとしても、いわく言い難い「これ」という特定の内容があるのに対し、「今」(や「私」)に…

ヘーゲルの知らない区別

目次はこちら ヘーゲルの知らない区別 【要約】 1~6段落(176頁) ヘーゲル自身も気づいていないかもしれないが、かれには二種類の「言えない」と言いたいものがある。彼のおもて向きの主題は「感覚的確実性」(じつはそれを感じていないことがないこと)で…

最も貧しいものこそが比較を絶して豊かである

目次はこちら 最も貧しいものこそが比較を絶して豊かである 【要約】 1~2段落(174頁) ここには、「「一般的なもの」のはたらきによって消えてしまう「言えない」何かがそれでも存在しはするのでなければならない」という問題と、「もしそうなら、彼が「言…

『精神現象学』の始まりの部分

目次はこちら 『精神現象学』の始まりの部分 【要約】 1~4段落(164頁) ヘーゲル『精神現象学』の「感覚的確実性」の章の狙いは、感覚に直接与えられたもの(現に見えている色等)の絶対的な確実性を否定することである。最初にヘーゲルは、直接的な感覚に…

(無題)

目次はこちら 第2部 時間的なのっぺりしていなさの特殊性 ――マクタガートの議論を中心にして―― 第10章 極限の貧しさと極限の豊かさ――ヘーゲル『精神現象学』の冒頭部について (無題) 【要約】 1~3段落(162頁) 前章で述べたとおり、〈私〉とは何かという…

タウマゼイン語法としての偶然性と可能性

目次はこちら タウマゼイン語法としての偶然性と可能性 【要約】 1~6段落(154頁) 哲学の語法では、こういう場合(=前節のゾンビの例)、意識の存在は脳状態を含む身体的・物理的事実と偶然的に繋がっているにすぎない、と言う。「偶然」とはそうでないこ…

本質直観 概念分析 思考実験

目次はこちら 本質直観 概念分析 思考実験 【要約】 1段落(152頁) 「プラトンの想起説とアリストテレスの批判」の現代における後継者は「現象学の本質直観と分析哲学の概念分析」である。私が行った記憶の本質探究(本質の思い出し)は、それの本質を直観…

探究のパラドクス

目次はこちら 探究のパラドクス 【要約】 1~5段落(148頁) 「何であるか」という本質の探究は、「知っていることは知っているのだから探究の必要はないし、知らないことは知らないのだから何を探究すべきかさえ分からない(また、かりにそれを探り当てたと…

無知の知 本質探究 想起説

目次はこちら 無知の知 本質探究 想起説 【要約】 1~4段落(146頁) ソクラテスが、「私は知らないことを知っている」と語ったその「知らないこと」(それゆえ知ろうとしたこと)が、この「自明すぎてむしろ明らかに見ることができないこと」(たとえば、善…

(無題)

目次はこちら 第9章 哲学とは何か――「可能性」のタウマゼイン語法―― (無題) 1~7段落(143頁) この世界でふつうに成り立っている事実的な法則(いわゆる自然法則に限らない)に依拠して語られる可能・不可能と、使われている概念(あるいは概念が指す事態…

存在驚愕について

目次はこちら 存在驚愕について 【要約】 1段落(141頁) 存在驚愕について語る紙幅は尽きた。

記憶について

目次はこちら 記憶について 【要約】 1~5段落(128頁) 「翔太と由美の修学旅行」の思考実験で、最初に提起されている問題は、どの時点で翔太は自分を由美と自覚するか、という問題である。翔太と由美を各人たらしめている心の中核は記憶であるが、私の答は…

自由意志について

目次はこちら 自由意志について 【要約】 1~7段落(124頁) この体を「自由に」動かせるとは「直接に」「内側から」動かせることである。だから、自由の存在の驚きは私の存在の驚きと一致している。私の存在の驚きはカント原理(とりわけ語りの原理)で消滅…

(無題)

目次はこちら 第8章 「語りの原理」の根幹にある世界把握 (無題) 【要約】 1段落(124頁) 本章で述べることは試論である。

累進構造をカント原理に取り込んで、最重要の超越論的カテゴリーとみなす

目次はこちら 累進構造をカント原理に取り込んで、最重要の超越論的カテゴリーとみなす 【要約】 1~2段落(114頁) しかし、われわれの言語(ロゴス)は、この問題に関する限り、立体を平面に投影して無理やり平面内で説明するような説明の仕方しかできない…

世界の見方には二つの方向がある

目次はこちら 世界の見方には二つの方向がある 【要約】 1段落(110頁) 私という異様なあり方をした生き物が存在することにも驚嘆するが、その同じ異様なあり方を他人たちにも認めて人称などという客観的なカテゴリーを作りだしてしまうというアクロバティ…

前回言おうと思っていたこと

目次はこちら 前回言おうと思っていたこと 1~4段落(108頁) Nと呼ばれている私がN1とN2に分裂したケースで、分裂後なぜか私がN1だった場合、このどうしようもない現実性から出発してみんなに共通の(つまり自分自身を多数の人間のうちの一人として含む)客…

(無題)

目次はこちら 第7章 繋がりの原理と語りの原理――二種のカント原理―― (無題) 【要約】 1~2段落(107頁) 念のため、私は神が存在する可能性はないと考えている。理由は単純で、もし実在してしまったら、それはもう(一神教の)神ではないからである。 ■■■■…

宗教の問題へ

目次はこちら 宗教の問題へ 【要約】 1~3段落(102頁) 前反省的自己意識の視点から反省的自己意識のはたらきを把握するのがヴィパッサナー瞑想の本質である。ただしこの前反省的水準をサルトルのように単に反省意識がはたらく以前の意識のあり方と取るか、…

超越論的統覚と前反省的自己意識

目次はこちら 超越論的統覚と前反省的自己意識 【要約】 1~2段落(94頁) 第一基準で同一性を保ちながら第二基準で別人になるケース(体だけが二つになり、さらにその体ごとに来歴の記憶が異なる、という想定)は考えられない。二系列の記憶は必ず一つに統…

(無題)

目次はこちら 第6章 〈私〉の分裂からカントの超越論的統覚・サルトルの前反省的自己意識をへてヴィパッサナー瞑想からアブラハム的一神教へ (無題) 【要約】 1~7段落(90頁) 私がいきなり二人に分裂した場合、と言っても、体が二つで心が一つのケース、…

本当はウサギだとか本当はアヒルだとか言い立てずに

目次はこちら 本当はウサギだとか本当はアヒルだとか言い立てずに 【要約】 1~3段落(88頁) つまり言語には最終的な現実性というものが存在しない。すなわち、われわれは最終的な現実性というものが存在しない世界(言語が構成する世界)とそれが存在する…

パーフィットの火星旅行の話・再論

目次はこちら パーフィットの火星旅行の話・再論 【要約】 1~10段落(78頁) パーフィットの火星旅行等の自己分裂に関する奇妙な話が起こりうる理由は、「私が存在する」といえる二つの別の基準が存在するからである。 11~14段落(82頁) 基準の一つは体と…

その前に復習を

目次はこちら 第5章 「私である」ことが成立するための異なる二つの基準 その前に復習を 【要約】 1~2段落(76頁) 前回の議論をまとめると次のとおり。 ①繋がりの仕組みによる〈私〉や〈今〉と、むきだしの〈私〉や〈今〉とがある。 ②後者の「むきだし」の…

暫定的な結論――〈私〉も〈今〉も実在しない

目次はこちら 暫定的な結論――〈私〉も〈今〉も実在しない 【要約】 1~2段落(72頁) 〈私〉は持続せず、〈今〉は移動しない。また、〈私〉も〈今〉もコミュニケーションには関与しない。この2つの結論ゆえ、〈私〉も〈今〉も実在しない。〈私〉も〈今〉も、…

それなら同じことが〈私〉についても言えるか

目次はこちら それなら同じことが〈私〉についても言えるか 【要約】 1~2段落(69頁) 「周囲のみんなはみなその同じ〈今〉にいる」とは言えても「他時点の私は同じ〈私〉を共有する」とは言えない。特定の人物を経由することなしに未来の自分に直接語りか…

むきだしの〈今〉は語りうるか

目次はこちら むきだしの〈今〉は語りうるか 【要約】 1~2段落(67頁) 「私」という語はその「私」がだれであるのかが分からなければ機能しないが、「今」という語はその「今」がいつであるか分からなくとも、ともあれ今であるということだけで働くことが…

むきだしの〈私〉は語りえない

目次はこちら むきだしの〈私〉は語りえない 【要約】 1~5段落(64頁) 〈私〉はコミュニケーションにおいて働きを持たない。これも、実体としては存在しないと言える理由である。